パチンコで全てを失った体験談

パチンコへの嫌悪感

パチンコの存在は私も当然知っていました。
当時のイメージで言うと、別世界でうるさいところであり、またどうしようもない人間が通う所という差別意識を強烈に持っていました。
何せパチンコが盛り上がっていた時期で、家の近くを歩けば開店前に店の前に並ぶ人々が沢山いました。
どちらかと言えばカッコいい事を追求していた私にとって、パチンコ屋に並ぶ人々は汚い人でしかなかったのです。

 

服装は伸びきったシャツや色褪せたスボンで、顔を見れば髭すら剃っていないような人も多数。
およそ社会に出ているとは思えないような格好の人々が、朝から昨日は出ただの負けただのと大声で語る始末。
羞恥心というものが無いのかと、いつも馬鹿にして通り過ぎていたものです。

 

初パチンコ

そんな私の初パチンコは、近くに新しくパチンコ屋が開店するという情報を知った父親からの誘いでした。
当然あんな所行きたくないと断ったのですが、開店時には絶対勝てるから確実にお金が増えると力説されました。
ほぼ無理やりに車に乗せられ、開店初日のパチンコ屋に足を踏み入れました。

 

この時、財布の中身は7000円だったので、2000円程度なら笑い話になるかと思い500円玉を両替しました。
結局車で連れてこられたので、当時車の免許が無かった私には帰る足が無かったのです。
そうなると、父親が勝つか負けるかの結果が出るまでは帰る事すらできません。

 

後から思うと、ここで電車を使ってでも一人で帰るべきだったのです。

 

お金が勿体ないなと思いつつも、ハンドルを回しました。
ゲームセンターで打ったことはあったので、基本的な仕様は知っていたのです。
忘れもしない新海物語M56、私の初パチンコ機種です。

 

大当たりという地獄への入り口

さて運が良かったのか、1500円目で図柄(数字)が三つ揃いし、大当たりの権利を獲得しました。
当時は大当たり確率というものも当然知らなかったので、開店日だから早く当たるようになっているのかな程度の認識です。
約1800発×3円交換で、これだけで5400円になるという父親からの解説を聞き、こりゃ得したなと思っていました。
しかし時短というおまけゾーンにて再び大当たりを引き、これが確率変動という次回大当たりが約束される特殊モードへ突入、5400×3=16200円が確定した瞬間でした。

 

結局その後プラス1回の大当たりを経て、出玉は約21000円。
1時間ちょっとで1500円が21000円になった瞬間で、現実感が全くありませんでした。
当時アルバイトしていた時給が800円で、大体の月給が5万円前後。
月給の約半分が1時間で手に入った事実が何とも言えない感覚で、その日は父親もそれ以上に勝ち店を後にしました。

 

汚れたお金を浄化しよう

1日経ってしばらく考えた私は、もう一度パチンコ屋に行くことを決意しました。
これは別にハマった訳ではなく、なんとなくこの現実感が無いお金が怖くなってしまったのです。
宗教的な意味は全くありませんが、不浄なお金のような気がしてパチンコ屋に返すつもりで打ちました。

 

昨日行った開店ホールではまた勝ってしまう可能性があるので、いつも嫌悪感をもって並びを見ていた別のパチンコ屋にあえて入りました。
目的は勝った分(19500円)を使い切ってしまうことで、全く勝とうとは思っていなかったのです。

 

しかし無欲が良かったかビギナーズラックか、3000円を使ったところで大当たり。
そこから昨日以上に大当たりが続き、なんと44000円も勝ってしまう大勝利という結果に終わってしまいました。

 

この時の混乱振りは今も覚えています。
前日と合わせて2日で63500円の勝ち、財布には給料日以上の現金が入っている。
何をどうしたらいいのかさっぱり分からず、誰にも何も言わぬまま家に帰りました。

 

勝てない→勝てる

そして3日目落ち着いた私の頭の中は、パチンコは勝てるものなのかという疑問でした。
思えばもう十分思考は変になっていたのですが、使わなければいけないという使命感はまだ残っていたので、今度は物を買ってしまおうと思いました。
また勝ってもおかしくなりそうなので、ならば欲しいものを根こそぎ買ってやろうと思ったのです。

 

気になっていたバンドのCDを大人買いし、友達を誘って鰻を奢ったりしました。
高校卒業したばかりの私の贅沢というのは精々そんなもので、まだ勝ち分は4万円以上残っています。
ただ自分の中でできる限りの贅沢をして尚残ったお金を見て、自分はとんでもない大金を手に入れたのだとやっと自覚しました。

 

そこからの1週間は、とにかく買い物を続けました。
気になっていた小説、普段なら食べない値段のお昼ご飯、使い切れないので両親に和菓子やお酒のお土産まで買いました。
要するにお金の使い方が全く分かっておらず、思うがままに使い倒したのです。

 

今思えばパチンコで勝ったことより、この1週間が気持ちよくてしょうがなかったです。
お金さえあればある程度の事はできると実感した日々であり、贅沢というものを覚えた1週間でした。

 

そして使い切れず残った1万円少々を手に、もう一度パチンコ屋に向かいました。
ここで負ければ良かったのですが、またもや3万円ちょっと勝ってしまい、財布の中身が半分以上戻ってくる事態になりました。
この辺でようやく、パチンコで勝つ事が現実であると理解できたのです。

 

自分には運がある

この連勝が、完全に私の金銭感覚を破壊しました。
何のことはない、当時は新規開店のパチンコ店にお客を取られないためにサービス営業状態で、単に釘の状態が良かっただけなのです。
しかし無くなってもいいやという意識で臨むパチンコなので、勝ち分を確保しようという考えを持ちませんでした。
結果良い釘を長時間粘るというパチンコの勝ち筋に乗り、初パチンコから半月後には20万円以上の大金が財布に残りました。

 

勿論合間で馬鹿みたいなお金の使い方をしているのですが、パチンコに行けばそれ以上のお金が戻ってくるのです。
まるで自分が神様にでもなったような気分で、この豪遊生活は当時の調整の良さも重なって、半年も続きました。
当然この時期には負ける日もありましたが、それ以上に勝てることを知っていた(偶然)為に、何とも思いませんでした。

 

無茶苦茶な金銭感覚

この頃には風俗や居酒屋を覚え、1日に使う額も1万円を軽く超えるような日々が続きました。
パチンコで勝った日は夜の街、負けたら慰めの意味で居酒屋通い。
精々月2万程度で親元暮らしをしていた18歳が、月に20万円以上も使い倒す豪遊生活。
両親も怪しく思い色々問いただしてはくるのですが、浮かれきった馬鹿な男には全く意味を成しませんでした。
むしろ色々言われるのが我慢ならなかった私は、親に保証人を頼み無理やり一人暮らしのアパートを契約しました。
敷金礼金程度は即金で出せるほどの貯金があり、強引に契約を押し切ったのです。

 

そして開店サービス期間も終わった頃、パチンコの勝率は段々と悪くなっていきました。
当時は本気で神に愛されていると思っていた私は、どうしてそうなってしまうのかが理解できませんでした。
しかしこの半年で染みついた金遣いは全く改善せず、むしろこの生活を維持するために大学へ行っている時間が無駄に感じアルバイト三昧。
バイト→パチンコ→バイト→パチンコの生活をひたすら続け、一切大学に行かずパチンコ屋に通う日々を続けました。
しかしパチンコの勝ち額が減り続け、段々豪遊費用の方が割高になっていきました。
正確にはどんどん高額な遊びに手を出したせいで、少しでもパチンコで勝てなくなるとお金が足りなくなっていたのです。

 

謎の自動車

そしてお金が足りなくなっても、私は生活を改めようとしませんでした。
この半年は何よりも輝いていた生活で、この生活を今更奪われるなんて絶対に耐えられなかったのです。
とはいえ入学したての大学生がお金を借りる事など、普通の手段では不可能です。
故に真っ当な消費者金融を飛ばし、最初から闇金に手を出しました。

 

当時の闇金の一種で、深夜に超派手な改造車がライトを照らしながら一定の場所を巡回する、移動型の闇金がありました。
住所と電話番号、そして学校or職場の所在地、実家の住所さえ書いていれば他は問わず。
但し未成年だったので、年齢だけは21歳と偽りました。
最初から利息分を引いて現金を手渡しする真っ黒な闇金に手を出し、パチンコと豪遊を続けました。

 

解雇宣告

さて、そんな生活を三か月も続けているうちに、段々と利息が膨れ上がり返済が厳しくなってきました。
この頃には流石に危機感もあり、豪遊することもほぼなくなりパチンコとバイトに精を出します。
しかしあまりに高額な利息だったため元金が減らず、ついにバイト先に闇金から電話が掛かってきました。

 

こうなると転げ落ちるのは早いもので、貴重な収入源であったアルバイトは解雇。
全く通っていない大学からも警告は来るわ、只でさえ返済に苦労していた闇金の利息はさらに増え実家に電話が行くわ、自業自得のしっぺ返しが一気に襲ってきました。
結局アパート解約の上に実家に強制送還、そして闇金の支払いを親が肩代わりし、夢の時間は終わりを告げました。

 

残ったのは過去の記憶だけ

しかし本当におかしくなったのはここからで、もうこの頃の私には借金があるか無いかなどどうでもよくなっていました。
あの頃のやりたい放題を思い出しては、今更大学に行く気にもなれず働く気にもなれずパチンコ屋に通う日々。
返さなければならない借金などもう存在しないのに、パチンコ以外の事をやる気にならないのです。
何故かたまに勝っても豪遊する気にもなれず、むしろ安く食事を済ませひたすらパチンコを打ち続けました。
結局二年にもならずに大学は辞めて、完全にニートと化しました。

 

既にもうパチンコ優先で付き合いを無視した故に友人もおらず、家に帰れば両親にゴミを見るような目で見られる日々。
手に入れた物にも価値を感じられずリサイクルショップに売り払い、パチンコの元手にしてしまったので何もない部屋になりました。
もうパチンコ屋以外に心休まるような場所はなく、起きている時間のほぼ全てをパチンコ屋で過ごす日々が始まりました。

 

勝ち額は当時ほどではありませんでしたが、とりあえずマイナスにはならないライン。
一人暮らしはできませんが、実家暮らしならば生活できなくもない額です。
しかしこれもパチンコ屋のお客の減少に伴い、段々とマイナスになっていきました。
延々と喧嘩し続けても絶対にパチンコ屋に行く息子に対し、両親はもう諦め気味。
むしろ最初にパチンコ屋に誘ったのが父親ということもあり、原因を巡って夫婦喧嘩が常に勃発する事態になりました。

 

パチンコを嫌悪していた18歳が、パチンコに溺れてパチンコ以外全てを無くすまでたった1年です。
今では当時パチンコ屋に並んでいた人の気持ちもよく分かります。
服が汚いのはどうせ煙草の煙で汚れるからで、髭も剃らないのはパチンコ台以外なんて店内では誰も気にしないからです。
あの時並んでいた誰よりもみすぼらしい格好で、今は自分がパチンコ屋の列に並んでいます。

 

勿論私がとてつもなく馬鹿だったこともありますが、これは珍しい話でもありません。
パチンコ屋で全てを無くすのはとても簡単であり、ふとしたきっかけで地獄の入り口は開いてしまうのです。

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